月長石 その1

 ということで味わった敗北感の穴埋めに、ウィルキー・コリンズ「月長石」を買ってきました。

月長石 (創元推理文庫 109-1)

月長石 (創元推理文庫 109-1)

昔風の細かい字が詰まった800頁近い文庫本で、読み応えがありそうです。年末年始の移動の電車の中で読むつもりで買ったのですが(子供を連れてじっくり本を読もうなんてどだい無理なのですけれどね)、我慢できずに読み始めてしまいました。読み出したらどんどんのめり込んでしまって。1860年代に書かれた本なのに、(邦訳で読んでいるせいもありますが)全く古さを感じさせません。
 インドの寺院から略奪されイギリスに渡ったイエローダイヤモンド「月長石」の紛失事件とそれを巡る一族内の亀裂。中心人物であるヴェリンダー家の令嬢レイチェルの奇妙な振る舞い。憶測が憶測を呼んで・・・というお話。関係者が自分の見聞きしたことを手記にまとめて、それが時系列に沿って並べられているという形態をとっています。これがなかなか面白い。各人に個性というか癖があって、それが内容に顕れているので、どの部分を信じてどの部分を割り引くべきなのか考えさせられます。「藪の中」の拡大版みたいな感じなんですよ。最初の執事の手記だけで300頁以上ありますが、事件が暗い影を落とし自殺者(?)まで出る中でユーモアを漂わせながら様々な出来事を綴る筆致には、自然と引き込まれてしまいます。次の親族の女性は宗教家・慈善活動家で、これが信仰に凝り固まったトンチンカンな行動をとる中で様々なことを見聞きしてしまうという設定も(2年も経ってから手記を書く際に当時の他人の言動をそんなに細かく思い出せるかよ、というツッコミは措くとして)秀逸です。次は一族の顧問弁護士の胡散臭げなオッサンの手記なのですが、先を読むのが楽しみです。