権力と陰謀 あらすじ(1)

 今となっては資料が少ないので、備忘録としてあらすじを掲載。


「権力と陰謀〜大統領の密室」
第1回「栄光の椅子」
NHK総合 1978(昭和53)年7月2日(日)20時50分〜22時30分


 東南アジア*1での戦争の泥沼化を背景に、合衆国大統領エスカー・アンダーソンは健康状態を理由に大統領選に出馬せず引退することをテレビで国民に告げる*2。CIA本部で補佐官サイモン・キャペル、職員バーニー・ティベッツと会議中だった長官ビル・マーチンは、このニュースに驚愕し、有力な後継者等に関する情報収集を命ずる。アンダーソンやその先代の故ウィリアム・アーサー・カリーにとりたてられたマーチンは*3、アンダーソンが大統領を辞めれば後ろ盾を失うおそれがある。何よりも気がかりなのは、CIAの極秘文書保管庫に保管され大統領以外は(CIA長官といえども)持ちだすことのできない「プリミュラ・リポート PRIMURA REPORT」の存在だった。プリミラ・リポートは、故カリー大統領の指示の下でマーチンが外国要人の暗殺にかかわっていたことを示す文書であり、その公開はマーチンの破滅と、CIA全体の権威の失墜、そして死後も国民の人気が高いカリーの名声の転落にもつながる*4


 アンダーソンは、ホワイトハウスにマーチンを呼出し、大統領選で苦戦する現副大統領エドワード・ギリーの陣営に対して、選挙戦を有利に進める助けになる情報、具体的には対立候補フォービルやモンクトンの対外接触に関する情報などをCIAから提供するよう要求する。これを渋るマーチンに、アンダーソンは、対立候補、中でも故カリー大統領やカリーに代表される東部出身のエスタブリッシュメント、リベラル派を忌み嫌うディック・モンクトンのような手合いが当選したら、マーチンをお払い箱にしてプリミラ・リポートを公開することになるだろうと脅しをかける。


 マーチンやCIAスタッフの読みでは、副大統領ギリーは魅力に乏しい人物で当選は難しい。とすれば、マーチンとしてはアンダーソンに義理立てすると同時に、対立候補達にも接近しておく必要がある。反対政党の有力候補はフォービル上院議員とモンクトン上院議員
 モンクトンに対しては、マーチンとキャペルが直接選挙本部のあるホテル出向き、たまたま同宿したと装って国外情勢のブリーフィングを申し出て歓心を買おうとするが、古参の渉外担当選挙スタッフであるボブ・ベイリーに会うだけで門前払いを食ってしまう。モンクトンは当選の暁にはマーチンをお払い箱にするつもりであり、CIAからのブリーフィングなど当選後で十分だと言い放つ。マーチンがモンクトンとの接点を作れない一方で、CIAとの縄張り争いに熱心なFBI長官エルマー・モースは、ギリーの情報をモンクトンに提供するなどして自分の強大な権力を誇示し、かつ有用さをアピールする*5


 モンクトンの選挙スタッフの幹部は比較的新しく陣営に加わったフランク・フラハティ、ローレンス・アリソン、そしてタック・タルフォードで、中でもフラハティは常にモンクトンに付き従い重要な決定に関与し身の回りの世話まで行う側近中の側近となっている*6。20年来の古参ボブ・ベイリー*7は、オープンで親しみやすい人柄からマスコミ対応の渉外担当となっているが、フラハティらによって中枢からは遠ざけられ、実質は門番程度の役にされつつある。
 彼らの下で様々な若手スタッフが働いている。ハンク・フェリスはフラハティやベイリーの下働きをする正規スタッフで、失敗をしてはフラハティに睨まれている*8。ハンクの友人アダム・ガーディナーは、モンクトンの(表面上の)主張に共感する実直なボランティア・スタッフであり、巨額の献金を申し出た実業家オジマンディアス*9を選挙戦の責任者マイロン・ダン*10に引きあわせる*11。また、野心的なエリート弁護士ロジャー・キャッスルは党大会後に自らフラハティに協力を申し出、所属する法律事務所に保管されていた対立候補ギリーの資料をフラハティに提供する*12
 モンクトン陣営の巧みな宣伝戦術などにより、予備選はモンクトンの有利に展開してゆく。


 アンダーソンの不出馬・引退はマーチンと妻リンダの関係にも影を落とす。リンダは元々アンダーソンのスタッフで、アンダーソンの愛人であった。アンダーソン引退の報に落ち込むリンダ。夫婦仲は冷え込みつつあった。
 マーチンはリンダと共に出席した上院外交委員会の大物ジャック・アサートン*13のパーティーで、アサートンの友人サリー・ウォレンに声をかける。マーチンは彼女を「餌」として、フォービル陣営のブレーンでカリフォルニアの研究機関に勤める政治学外交問題の権威カール・テスラー博士*14を自らが主催するパーティーに誘い出し接近することに成功する。そして、サリーを伝書鳩としてテスラーに必要な情報を提供することを約束し、テスラーというパイプを確保する。
 こうした過程でマーチンはサリーとの親密さを増していく。リンダはそれに気づき、またマーチンがアンダーソン=ギリーと距離を置こうとする態度を察知し、夫婦の間の溝は深まっていく。


 党大会ではモンクトンがフォービルを破り大統領候補となる*15。本選でも有利な戦いを進めるモンクトン。アンダーソンはギリー陣営の勢力挽回のために、プリミラ・リポートをちらつかせながらマーチンにモンクトン情報の提供を迫る。マーチンはそれを渡すことは連邦法規違反となると抵抗するが、簡単なレポートを提出する。
 アンダーソンは更に、自らの引退後も自分の情報入手に便宜を図るようマーチンに言い含める。


 激しい選挙戦の結果、モンクトンが新大統領に当選する*16。マーチンはサリーの自宅でプリミラ・リポートの内容と、モンクトン当選の帰結について説明する。
 モンクトンは勝利演説で「国民の団結」「開かれた政府」「全ての市民のための大統領府」といった美辞麗句を並べるが、その裏では「カリー一派」の徹底的な排除を目論み、閉鎖的な政権運営に向かっていく。


修正履歴:
2011年1月18日:掲載。
2011年1月22日:注を修正・追加。日本での放送日・時間を追加。

*1:劇中では国名は挙げられず「Wetland」と称されている。

*2:現実:リンドン・ジョンソンの不出馬宣言は1968年3月31日。ジョンソンはケネディ暗殺により1963年11月に大統領に就任し、ケネディの本来の残り任期1年強を大統領として務めた上で、1964年の選挙で当選している。合衆国憲法修正第22条(1947年議会通過・1951年発効)は三選を禁止しているが、ジョンソンのような形で任期中に大統領職を引き継いだ場合、その残り任期が2年以内であれば、その後2回の立候補は妨げられない。したがって、ジョンソンは1968年の選挙に立候補する資格を有していた。

*3:現実:リチャード・ヘルムズのCIA長官就任は1966年6月30日。

*4:原作小説では、プリミラ・リポート(プライムラ報告書)はキューバのピッグス湾事件をモデルとした「リオ・デ・ムエルテ作戦」に関する報告書である。この中で、カリーはソ連指導部と取引をして上陸作戦を故意に失敗させる決意をして、CIAの現場責任者であるマーチンに、上陸部隊の精神的支柱である神父を殺害することを命じ、マーチンはこれを受けて部下に殺害を実行させた、ということになっている。現実のニクソンとヘルムズの関係の中で、ピッグス湾事件はヘルムズへの脅しとして使われる。すなわち、ウォーターゲート事件の発覚後、ニクソンはCIAにFBIの捜査を妨害させようとし、ハルデマンに、ヘルムズが協力を渋るようなら「このままいくとピッグス湾事件が蒸し返される」と言うように指示し、ハルデマンがヘルムズにこれを伝えると、ヘルムズは「ピッグス湾は何も関係ない!」と大いに動揺したという。なお、ハルデマンはこの文脈での「ピッグス湾」が暗にケネディ暗殺を指すのではないかと推測している。このピッグス湾事件を持ち出してCIAを通じてFBIの捜査を止めさせるという会話(1972年7月23日の録音テープ)は、ニクソンの捜査妨害への関与を立証しする決定的な証拠とされ、ニクソン辞任の決定打となった。

*5:現実:ニクソンJ・エドガー・フーバーは、ニクソンの下院議員時代からの知り合いであり友人であった。

*6:現実:ハリー・ロビンス・ハルデマン(ホールドマン)はニクソンの1956年と1960年の選挙運動にも加わっており、1968年の選挙では選挙参謀長となっている。ジョン・アーリックマンはハルデマンの学友であり、1960年の選挙からスタッフに加わり、1968年の選挙ではハルデマンと共にニクソンに最も近いスタッフの一人となっている。チャールズ・コルソンは1968年から選挙運動に関与している。

*7:現実:ハーバート・クラインは、1940年代から対報道関係の専門家としてニクソンのために働いている。

*8:現実:ジェブ・マグルーダーは、1968年の選挙ではカリフォルニアの運動責任者ボブ・フィンチの下で働いていた。

*9:現実:奇妙な姓からすると、モデルはニクソンの友人ロバート・アプラナルプ Robert Abplanalp か? 第6回も参照。

*10:現実:ジョン・ミッチェルは、1967年に自身の法律事務所とニクソンの属する法律事務所が合併したのをきっかけに友人となり、1968年の選挙運動の責任者に就任する。

*11:現実:ヒュー・スローンは、共和党全国員会財務委員会のメンバーを経て、ニクソン=アグニュー陣営の財務担当補佐。

*12:現実:ジョン・ディーンが選挙運動中からニクソン陣営に関与していたか否かは文献では確認できなかった。彼の自伝『陰謀の報酬 Blind Ambition』も、司法次官補をつとめていたディーンが、1970年5月にイージル・クロー(Egil Krogh)によりホワイトハウス・スタッフになるよう誘われる場面から始まる。

*13:現実:モデルはフルブライトか? 第4回も参照。

*14:現実:ヘンリー・キッシンジャーは、ハーバードで教鞭をとり、1968年の大統領選挙では、共和党の有力候補者の一人、ニューヨーク州知事ネルソン・ロックフェラーの外交問題顧問を務めていた。

*15:現実:ニクソンは1968年8月のフロリダでの共和党大会で指名を獲得した。

*16:現実:選挙は1968年11月5日。民主党の候補ヒューバート・ハンフリーは終盤に追い上げをみせ、得票数の差は僅かであった。11月6日昼前になり主要メディアがニクソン勝利を伝え、ハンフリーが敗北宣言。その後、ニクソンがニューヨークのホテルで勝利演説を行った。劇中、モンクトンが対立候補ギリー陣営との和解の件を演説原稿から削除したとあるが、確かにニクソンの勝利演説にはハンフリーへの同情を示す箇所や国民に団結を訴える箇所はあるが、和解というニュアンスは薄い。