独裁者の肖像

 仕事が一段落し、かつ家人が一足先に帰省したので、ビデオを借りてきました。「トランスポーター2」と「ブルーマックス」(古っ!)と、何故か「ベルリン陥落」を。最後のについては、「ヒトラー 最期の12日間」の隣に並んでたってだけで、魔がさしたとしか言えません。でもまあ人生何事も経験、一度はこんなのも観とかないと。


ベルリン陥落(トールケース仕様) [DVD]

ベルリン陥落(トールケース仕様) [DVD]

「ベルリン陥落」(1949年製作・カラー・152分=二部構成)
ミハイル・チアウレリ監督
音楽はショスタコーヴィチ交響曲第7番なども使われています。


 「スターリン万歳」の典型的な国策映画で、解説によれば「芸術記録映画」というジャンルだそうな。全編わかりやす〜いスターリン賛美*1スターリン赤軍指導部は理性的で、ヒトラーとドイツ首脳部はとことん無能で変態的。ドイツは日本だけでなく、スペイン(=フランコ)、トルコ、カトリック教会とも通じており、さらに英米の実業家も陰でドイツを支援しているという設定*2。まあ、あれですわ。いわゆる帝国主義勢力が反ボルシェビキ同盟を組んで、という世界観です。
 ヤルタ会談の場面も凄い。一刻も早く平和をもたらして市民から戦争の惨禍を取り除くために英米に協力を求める正義の味方スターリン(笑)と、これに屁理屈をこねて対抗する妖怪みたいなチャーチルルーズベルトチャーチルほど酷く描かれていません。やはりソ連にとってはルーズベルトの方が扱いやすかったんですね。
 こうした人たちを含めて、偉い人は一応そっくりさんによって演じられています。印象に残ったのは・・・何故か軍事にも口を出しちゃうモロトフとか。1941年冬の危機に際してやたらと敗北主義のブラウヒッチュとルントシュテットとか。上半身は細いのにロシアのおばちゃんのような大迫力の尻のエヴァ・ブラウンとか(演じているのはロシア人だから当然か)。そのエヴァ・ブラウンとの茶飲み話で何となくスターリングラード攻略を思いついちゃう総統閣下と、何故か理性的に反論するまともなゲーリングとか。大根役者が舞台で大見得きるみたいな変な動きのクレプス将軍とか。実物より若干格好いい*3陽気なチュイコフ将軍とか。極めつけは、人間的で且つ威厳があって冷静な、とすればそれって何かのギャグでしょ?大爆笑、なスターリンとか。
 偉い人たちの他に、ストーリーの展開のために一応は製鉄工イワノフ(アリョーシャ)と女教師ナターシャという主人公が配置されてまして。二人は戦争により引き裂かれ、ナターシャは捕虜となりドイツに移送されちゃう。ナターシャを取り返すことを誓って入隊するイワノフ。スターリングラードでの勝利から攻勢に転じた赤軍は、やがてオーデル河畔キュストリン/ゼーロフ高地の激戦を経てベルリンに迫る*4。ベルリン郊外、ナターシャのいる収容所を解放する部隊にイワノフがいるのに、何故かそこでは会えない。その後、ヒトラーの結婚式と市街戦の惨状、国会議事堂占領というクライマックスを経て、何と都合のいいことに、ドイツ降伏後にベルリンに飛来したスターリンの目の前で二人は再会。スターリンに感謝をささげるナターシャ。感謝する兵士達・解放捕虜達*5
 解放捕虜達を待ち受けるその後の運命を我々は既に知っているわけで、そんなのも考えるとこのエンディングは空々しい限りです。
 ちなみに偉い人の話に戻ると、最後に飛行場にスターリンを出迎えて彼から「英雄」と称えられるのはチュイコフ、コーニェフ、ロコソフスキーの三人。・・・ジューコフは除かれちゃってます。ここにも独裁者の猜疑心の犠牲者が。


 「芸術記録映画」ねぇ。えてして「記録」なんてのはこんなもんなんでしょうなぁ。

*1:それゆえ後のスターリン批判の時代には監督さんエライ目に遭うみたいですな。

*2:ゲーリングに招かれた英国の実業家がクロムとタングステンの供与を約束する場面なんかがやたらネットリと描かれていたりします。

*3:ちょうど小林よしのりが漫画で自分を描く時のような脚色の度合い、かな。いや、あれよりおとなしいか。

*4:ちなみに戦闘シーンは物量という面では感心しますが、人間が出てきたとたんにギクシャクした演技で目も当てられない酷さになります。南無南無。

*5:ギリシャ人もチェコ人もイギリス人捕虜も「スターリン万歳」だってさ。