ゴダードのNever Go Back

 しばらく止まってしまっていた、Robert Goddard, "NEVER GO BACK" をようやく読み終えたので、メモ。

Never Go Back

Never Go Back


 主人公のハリー・バーネットは同じゴダードの"INTO THE BLUE"(邦訳「蒼穹のかなたへ」)*1と"OUT OF THE SUN"(同「日輪の果て」)の駄目駄目中年主人公であったらしく、この"NEVER GO BACK"では70代のご老人。この作品でも格好良い主人公とはとても言えません。じっと辛抱してりゃいいものを(無論それでは小説が成り立たないわけですが・・・)、ウロウロ動きまわって事件をややこしくしてるだけのような気がするし。アクション的なクライマックスで事件に一つのケリをつけるのは、一緒にいた女性だし。その後の物語的なクライマックスでは・・・う〜ん、どうなんでしょう。ハリー氏、お人好しなんですよね。幸せに余生をおくってほしいものです。


 このハリー、1950年代には英国空軍(RAF)の駄目駄目隊員で、相棒のチップチェイス氏に誘われて酒保用物品横流しに手をそめるも発覚し、1955年に懲罰代わりに「クリーンシート作戦(Operation Clean Sheet/Operation Tabula Rasa/白紙作戦)」*2なる実験に送り込まれます。この作戦、アバディーン大学のマッキンタイア教授の主導で、それぞれに好ましくない前歴をもつ15人のRAF駄目隊員達(ハリーの他にもちろんチップチェイス氏も含む)をスコットランドアバディーン近郊の城に閉じこめて、駄目人間に対してでも適切な環境の下で適切な方法による高等教育をほどこせば成果があがるという理論を確かめようという奇妙なもの。実験自体は目的を達したのかどうかわからない内に終わり、その後ハリーはチップチェイス氏に振り回されたりしながら駄目駄目な社会生活を送るものの、何やかやで幸せに結婚して一児の父としてカナダ在住。故郷で母親が亡くなり、葬儀や後始末のためにイギリスに戻ったところに、偶々「クリーンシート作戦」の50周年同窓会が開かれるということでアバディーンまで出かけていきます。しかし、同窓会の参加者達が不可解な死をとげ、様々な状況からハリーとチップチェイス氏に嫌疑が。二人がこれを晴らすべくあれこれ調べまわると、「クリーンシート作戦」の裏には別の目的が隠されていたこと、この作戦がヘブリディーズ(ヘブリデス)諸島のある島(東の果てアバディーンとは遠く離れたスコットランドの西の果て)での事件と繋がること、同窓会以前に亡くなっていた作戦参加者のうちの少なくとも一人の死はこの事件とつながりを持つこと等が明らかになっていきます。


 連続殺人の真犯人は読んでいれば直感的に判ってしまいますが、「クリーンシート作戦」の真実に関係する真犯人の動機は最後の方になるまで判らず、それがこの物語の肝なのでしょう。作戦の真実というのが中々見えてこなくてストーリーが停滞しかねないところを、お人好しのハリーと「人たらし」のチップチェイス氏の喜劇風味の言動が、丁度よいテンポで話を動かしてくれます。お二人はデジタル・ディバイドな世代ということで、重要そうなフロッピーを手に入れても扱いに困ったり、チップチェイス氏の元妻に助けてもらって読もうとしたけどパスワードが判らずファイルを開けなかったり、そうこうするうちに家に放火されて肝心のフロッピーが焼かれてしまったり・・・泣けてきます。
 もちろん、謎の美女も花を添えます。1955年当時のマック教授の実験助手で今は出世しているスターキー博士というのがいて、その弟子であるエリカ・ローソンなる女性も同窓会に参加しており、これが敵か味方かわからない怪しい別嬪さん。ロバート・ゴダードの作品を読むのは未だこれで2作目ですが、こういう美女の存在というのがゴダードの「型」なんでしょうか。あるいは中年男性の夢。ただ、本作ではストーリーへの絡み方が中途半端で残念。
 他にも、いかにもスコットランド的(?)な風景描写や、タリスカーを飲ませれば何でも喋るという酔っぱらいのオッサン*3も良いですね。ハイランドを旅したくなること必定*4
 謎解きの面白さやコメディー的な要素だけではなく、冷戦という時代背景とか、作戦参加者達の50年の人生とか、味わう部分も多くある面白い作品でした。「クリーンシート」という作戦名も、ああ、二重三重の意味をもってたんだ、とか。"NEVER GO BACK"という題はこういう意図なのかな、とか。同窓会の主催者であるデンジャーフィールド氏が何故死ななければならなかったのか*5等、納得のいかない点もありますが、まあ、それはそれとして・・・

*1:ジョン・ソウ主演で1997年にテレビドラマ化されているらしい。

*2:"Tabula Rasa"(タブラ・ラサ)は「無垢なる石版」を意味するラテン語。無垢な心とか、再出発とか、そんな意味にもなります。

*3:タリスカーの蒸留所があるスカイ島はインナー・ヘブリディーズ諸島に属し、物語最後の方の舞台となるアウター・ヘブリディーズ諸島よりも本土寄りに位置しています。他にもオーバンとかマル島とか、モルト・ウィスキー好きにはなじみ深い地名が出てきます。

*4:アバディーンシャーはハイランド東部。アクション的なクライマックスはアウター・ヘブリディーズ諸島の南の方の島々。物語的なクライマックスはグラスゴーで、グラスゴーはハイランドではなくローランド。なお、ハリー氏の故郷スウィンドンイングランド南西部ウィルトシャー。

*5:もちろん物語の中で説明はなされていますが、それならハリーとチップチェイス氏の方が(例え秘密保持の約束をしたとしても)余程死ななければならないはずです。