ジュリーニのフランクその1


ジュリーニのフランクを聴く 暫定目次[20051120作成]
 その1:id:makinohashira:20051103#p2(フィルハーモニア管1957年)
 その2:id:makinohashira:20051106#p2(所有CDの演奏時間比較表)
 その3:id:makinohashira:20051107#p2(ベルリン・フィル1986年第1楽章)
 その4:id:makinohashira:20051117#p2(ベルリン・フィル1986年第2楽章)
 その5:id:makinohashira:20051119#p1(ウィーン・フィル1993年総評)
 その6:id:makinohashira:20051120#p1(ウィーン・フィル1993年各楽章/小括)


 カルロ・マリア・ジュリーニセザール・フランク交響曲ニ短調を(少なくとも)3回録音しています。

  1. フィルハーモニア管=1957年録音(EMI)
  2. ベルリン・フィル=1986年録音(DG)
  3. ウィーン・フィル=1993年録音(SONY

2のベルリンフィル盤を聴くうちに、これらを聴き比べてみるのも面白いかな、と思い立ちました。こういう聴き比べというのを真剣にはやったことがなかったものでして。本当は大好きなドヴォルザーク交響曲第8番でやりたいんですが、フィルハーモニア管との録音を持っていないんですよ。ということで楽器屋さんで買ってきたポケットスコアを見ながら、CDウォークマンで電車やバスの中でフムフムと。スコア読めるわけじゃなくて辛うじて演奏を追いかけるだけなんですけどね。ジュリーニのものだけではなく、手持ちの次のCDも比べてみようという壮大な企画(笑)です。

・・・何だか地味なリストですね。まあ、いいやね。こんなに風呂敷広げといて完結するかどうかわかりません(無責任)。読む人も少ない日記ですから、責任なんてないし、ぼちぼちやっていくつもりです。


Legend: Carlo Maria Giulini (Bonus Dvd)

Legend: Carlo Maria Giulini (Bonus Dvd)

 最初はジュリーニの1の古い録音です。第1楽章17分28秒、全体でも40分弱と、ジュリーニの中では最も穏当ですね。
 スコアを見ながら聴き始めて、まず驚いたのはジュリーニの演奏よりもスコアの中身です。この曲はモントゥーの演奏をずっと聴いてたんですが、モントゥーに限らずどの指揮者のものでも多かれ少なかれテンポの変化があるので、特に第1楽章には速度の指定がこと細かく書き込まれているもんだと思ってました。ところがですね、部分毎にレントとアレグロが交互になっているだけで、各部分の中ではほとんど速度変化は書かれていません*1。97〜98小節(77小節からの第1主題の再提示から99小節からの第2の主題に移行する箇所)と、387〜378小節(ソナタ形式の回帰部での第2の主題に移行する直前)にポコ・ラレンタンドがあるだけです。あ、あと一箇所48小節(主題提示部からヘ短調で序奏が回帰するところ)にもありました。展開部には時折所謂オルガン的処理のフェルマータが出てきますが、その前後に速度変化の指示はなし*2。テンポを伸縮させて各主題の性格を印象付けていくのは、各指揮者の技であって楽譜の指示ではないんですね*3。フランクの演奏というのはこうするものなんでしょう。楽譜に沿ってガチガチのっぺらぼうにやったらツマランことになるでしょうね。初演の評判が悪かったというのも、この辺が原因なのでしょうか。


 以下20051103記述後、20051106にかけて各所を修正・追加:
 さて、ジュリーニの演奏に話を戻しましょう。フランクの目指したとおりの重く暗い序奏から、アレグロの主題提示部にいたってまず気付くのは、その主題の冒頭の「付点四分音符+八分音符+四分音符+四分休符」の音列2パターンの四分音符の処理です。後年のベルリンフィルウィーンフィルの演奏ではテヌート気味に「四分音符です」とその存在を主張しますが、この1957年の演奏では八分音符的にバサッと切られます。もしかして弦なんかは弓の運びを変えているのでしょうか。どちらが楽譜に忠実かといえば前者なのかな。序奏からのつながりなども考えると前者が正しいのでしょうね。でも他の多くの演奏は後者だと思います。格好良いのは後者。
 というように、この1957年の演奏は細部においても「穏当」であり、(四分音符は四分音符です!といった)独自の(?)主張は少ないのではないかと思います。もちろん全楽章を通じて他の指揮者の演奏以上にフレーズ毎に表情とテンポが移り変わる丁寧な演奏で、かつ深い方向にダイナミックでもあり、安心して聴けるという以上のものがそこにはあります。比較的あっさりしたアレグロの開始に安心(?)していると、39〜40小節(87〜88小節も同様)の「mf漸強sf漸弱」を強調するかのような急激な減速、そこからテンポを揺らしつつ楽譜の指示より手前からかかるラレンタンド、等々、各所で見られる独特の粘りには後年の演奏の片鱗がうかがえますね。で、この粘りが歌を生み出していて、後年の演奏がブルックナー的とでも言えるとしたら、この演奏はブラームス的と言えるかもしれません。もちろんフランクはブラームスでもブルックナーでもないのですが。しかし第2楽章などブラームス的で何と哀しく優美なことか!


 その第2楽章、コール・アングレ(イングリッシュ・ホルン)の奏でる主題にはカンタービレの指示がありますが、決して流麗ではなく自然な感じの歌が聞こえてきます。スケルツォ主題もせせこましくならず、流れのあるフレーズとして提示されます。そしてスケルツォ部分の中間(135小節から)に現れる、付点つきながら伸びやかな旋律もイイですねぇ。エスプレッシーヴォ・ドルチェですが大袈裟になりません。決して大声を張り上げるのではない、囁くような歌声。このフランクの交響曲はヘタをすれば押し付けがましく聞こえそうなところもあるように思えますが、ジュリーニのこの演奏にはそんなものは微塵も感じられません。


 そして輝かしい第3楽章。冒頭の主題の歌わせ方がイイ!ドルチェ・カンタービレ!難しそうな強弱変化も適切に再現されてます。36小節からの同じ主題のffの部分は、トランペットにだけスラーが付されていないことを反映してか、やや角張った感じ。72小節以下チューバに支えられて遠くからドルチェ・カンタービレで聞こえてくるトランペットとコルネットのファンファーレ(クラリネットバスーン、次いでヴィオラとチェロ及びベースに受け継がれて、第2楽章の主題を導き出す経過句的なEの部分に解消されていきます)が、187小節以下で華やかにアクセント付きで繰り返されるのに倣っているのもあるのでしょうか。
 他方、60小節前後の楽譜にはない大減速から、第2楽章や第1楽章の主題が現れる箇所でのバランスとテンポが絶妙で、この交響曲全体の有機的な結合がごくごく自然に頭に入って、いや心に刻まれていきます。特に第2楽章のコール・アングレの主題が現れる練習記号Fのところの曲想と拍子が滑らかに移行する箇所は何とも言えません。
 140小節から静かに始まる展開部は上述の187小節のあたりで一旦頂点を迎えますが、この辺はレガート、ソステヌート、アクセントの区別が明快で(アクセント優位ですが)歯切れ良く進んでいきます。ラレンタンドして全休止をはさみピュウ・レントに。ここで第2楽章回想の断片が出てきて、更に228小節からアレグロに戻るところでは第1楽章の第3主題を連想させる音形が第3楽章の「暗い主題」*4と絡みあい力を増していきます。ここは、そこかしこで蠢いていた三連符が曲を支配していき、練習記号Nの三連符強奏に至る過程でもありますね。この辺りの各フレーズの丁寧な扱いはジュリーニならではじゃないでしょうか。縦の線もぴったり揃って、というか、各声部がばらけずに同じ音楽の流れを感じているので、聴く方もその流れに安心して身を委ねることができます。その三連符の中から268小節から第3楽章の第1主題が堂々と立ち上がり、それを受ける280小節からのヴァイオリンのフレーズはmfというよりさらに静かなpで奏でられ、エコーのように聞こえます。300小節からの第2楽章の主題の強奏にはほとんどテンポ変化なしで突入します。この辺は変にクドくならなくて良い感じです。静かな雰囲気で第1楽章の第3主題と第1主題が回想される様はこの曲が終わっていくのを惜しむかのようです。その中から再び第3楽章のテーマが立ち上がり、終結分直前での(楽譜にない)アッチェレランドから格好良く決め!
 この楽章は「ノン・トロッポ」を逸脱しない程度に生き生きとして欲しい楽章ですが、それを実現する適切なアーティキュレーション処理がなされているので、安心して聴くことができます。


 ちなみに録音は強奏時にごくごく僅かに割れてざらつく箇所がありますが、この年代のEMIにしては上出来じゃないかなと思いました。後で触れるモントゥーの1961年の録音が(リマスタリングのせいか)輝きと引換えに艶を失ってしまっているように感じられるのに対して、この1957年のジュリーニは渋い響きの中に艶があります。

*1:少なくとも買ってきた音楽之友社のミニチュアスコアではそうです。このスコアは「アメル版をもとに製作したオリジナル版」だそうです。

*2:第2楽章ではフェルマータの前にラレンタンド、後にア・テンポと細かい指示がついていますが、第1楽章にはそうした指示はありません。

*3:もちろん、例えばクレッシェンドやディミヌエンドに漸強・漸弱という以上に速度指示の意味も見出すならば、話は別になるでしょう。

*4:72小節からのファンファーレが第2主題だとすると第3主題でしょうか。