脚色

 Yahoo!動画の「名探偵ポワロ」ですが、手元に文庫の短編集『クリスマス・プディングの冒険』がありましたので、その中の「スペイン櫃の秘密」を例にとって、「このTVシリーズの脚色って良く考えてあるよなぁ」というのを備忘録的に記しておこうとおもいます。
 

 原作とTVの異同:

  1. 舞台は原作では1950年代だが、TVではシリーズの他作品と同じ1930年代である。
  2. 原作ではクレイトン夫人は「ファム・ファタル」と称され、無邪気で男を惑わす魅力を持つ人物として描かれる(それが悲劇の源になる点をポワロは慨嘆する)が、TVでは自分の行動の意味を考えることができる(それゆえに自殺をはかる)女性である。ただ、その美貌ぶりはTVでもよく表現されており、彼女の前でポワロが「謙虚さ」を見せようとするほどである。
  3. 原作では僅かに言及される決闘のエピソードが、TVでは登場人物の性格を物語るものとして大きな比重を置かれている。
  4. 原作ではポワロは新聞記事で事件を知り、事後的に事件にかかわるが、TVではポワロは冒頭でレディー・チャタートンに依頼を受けて自身が問題のパーティーに出席している(チャールストンを踊る姿は秀逸)。TVの方が流れとしてスムーズ。
  5. 原作とTVでは凶器と殺害方法の細部が異なる。TVの方が面白い。ただTVのやり方には少々無理があるような気がする。
  6. TVでは櫃にあけられた穴がより重要な意味を持っており、しかも被害者の所持品との関連付けが適切に行われている。
  7. 原作でもTVでも直接の証拠には乏しい*1。原作では犯人の動機ゆえに事実(ある事実)を突きつければ自白するだろうという説明で締めくくられる。TVでは犯人をおびき出すために犯人の心理を利用したある方策がとられ、これによってドラマ性が増している。*2
  8. 原作で出てくるスペンス夫妻はTVでは登場せず、物語の焦点が明確になる反面、容疑者となるべき人物が減ってしまっている。ちなみに原作のマクラレン中佐はTVではカーチス大佐と名前が変わっている。また執事は原作では若いがTVでは年寄り。
  9. ちなみにTVではミス・レモンは休暇中でヘイスティングス大尉が出てくるが、原作ではヘイスティングスが去った後で雇われたのがミス・レモンであり、想像力を欠片も持ち合わせない機械のような人物として描かれている。事件に関する相談相手にならないミス・レモンに失望してヘイスティングスを懐かしむポワロ!


TVでカーチス大佐の声をあてているのは中村正さん。大好きです。

*1:TVの方では、上に上げた被害者の所持品とか凶器といったことが証拠にはなりうるでしょう。しかし所持品はやはり間接的ですし、凶器に関しては犯人の手の内にあって、おびき出されて初めて明らかにされたものなので、どうでしょうか。

*2:TVシリーズを見なおしてまた原作を読み直して、改めて思ったのですが、クリスティーって決定的な証拠という点では弱いかな。特に短編・中編ではその傾向が顕著なように思えます。心理劇であって、状況証拠と犯人の心理と行動をうまく重ねあわせることで結論が導かれる。でも、陪審員を納得させる証拠となると・・・。だから結末としては、多くの犯人がパニックに陥って又は自棄になって、自白をしたりそれと同義の行動をとるということにせざるを得ない。それはそれでよく出来ているんですが、続けて何篇も読むと気になってしまいます。