ファーザーランド

 ロバート・ハリス「ファーザーランド」(文春文庫)も100円コーナーで発見。
 どこかで聞き覚えがある著者名と思ったら、前に読んだ「ポンペイの四日間」の人でした。


 中身は英語版Wikipediaに書かれていたように、TV映画とは大幅に違っていまして、主人公のマルヒがそもそもあまりナチに忠実ではなく人事考課上危うい立場にいるとか、もう一方のシャーロットはジョセフ・ケネディ(小説中では反ユダヤ的な面が指摘されています)が大嫌いだといった、人物に関する背景が描かれている点が大きいでしょう。マルヒの周囲の人間の描き方、例えばアルトゥール・ネーベという存在の謎や、他にも同僚刑事やUボート時代の元部下など、やはり2時間ほどの映像では切り捨てられてしまう要素も多いわけです*1
 小説ではTV映画と違い二人は元外務次官マルティン・ルターとなかなか接触できず、彼の足跡を追ってスイスまで出かけて行きます。これは、二人のロマンスを描くため、あるいはそこで発見されるものを巡り物語に奥行きを与えるためなのでしょうが、少し冗長な感は否めません。
 また、最後の結末も全く違っており、この点は小説の方が緊迫感があり、TV映画の方が判りやすさ優先で安易な処理になっていると思います。
 TV映画でも小説でも、結末近くでマルヒは最大の「裏切り」にあい、結局それが命を落とすことに繋がります。この「裏切り」はナチスの支配する社会の暗さを象徴していて、だからこそTV映画もこの要素を落とさなかったのでしょう。もっとも、「裏切り」に関する流れはTV映画と小説では異なり、小説の方は不自然です。優秀な捜査官であるマルヒが、たとえ感情を抑えることが難しいであろう場面であっても、みすみす罠に嵌るような行動をとるとは考えられないからです。


 細かい点。小説の翻訳では、親衛隊の階級「Gruppenführer」を「師団指揮官」と訳しており、訳者もあとがきでわざわざ解説までしています。確かに中将相当が「Gruppenführer」、大将相当が「Obergruppenführer」で、師団長には中将が充てられるので間違いではないのかもしれませんが、武装親衛隊に限らない一般の親衛隊の呼称なのですから、やはり「集団指導者」という定着した訳語*2の方が良かったのではないでしょうか。

*1:TV映画でははっきりしなかったのですが、小説ではヨーザフ・ビューラー、シュトゥッカート、ルターの他に、フリードリヒ・クリツィンガーも3人と連携しており、ビューラー殺害より先に爆殺されていることになっています。

*2:翻訳が刊行された当時を考えても、既にこの訳語の方が一般的だったはずです。