ハリー・バーネット三部作

 また3ヶ月も放置。何だか余裕がないなぁ。風邪で寝込んでいるときしか、落ち着いて文章を書いて更新という気分になりません。


 さて、娯楽本の読書記録、ロバート・ゴダード編。出版順とかあまり考えずに、ブックオフの100円コーナーで見つけた順に読みました。

  • 鉄の絆(上)(下)
  • リオノーラの肖像
  • 蒼穹のかなたへ(上)(下)
  • 日輪の果て(上)(下)

 これらの内、「蒼穹のかなたへ」と「日輪の果て」は、8月に書いた「Never Go Back」(id:makinohashira:20090829#p1)と同じハリー・バーネット氏が主人公の1作目と2作目。お人好しの駄目男ハリーの来歴を辿ることができました。悪友バリー・チップチェイスとの関係も含めて。
 ハリーことハロルド・モーズリー・バーネット*1は1935年5月22日生まれ*2。15歳でスウィンドン市議会の事務局に就職し、1953年から55年の兵役(空軍)を挟んで15年間勤務*3。その後、1965年頃、空軍時代の同僚バリー・チップチェイスとバーンチェイス・モーターズを興すが、1972年に破産*4。1979年から、同じダイサートがロードス島に所有する別荘の管理人として拾われる*5
 「蒼穹のかなたへ」は1988年11月〜1989年1月*6の出来事で、ハリー53歳、舞台はギリシア(主にロードス島)、イギリス、スイス。ハリーはロードスで過ごすこと9年。そこに訪ねてきた若い女性ヘザー・マレンダーが山中で失踪し、ハリーは容疑者となります。ヘザーはかつてハリーがクビになったマレンダー・マリーンの当時の経営者の娘(現経営者の妹)であるということで、ハリーへの容疑は濃くなってしまい、ハリーは自らに降りかかった疑いの火の粉を払うため、偶然手に入れた失踪女性の撮った未現像フォルムを手がかりに、事件の捜査に乗り出します。この失踪事件に、1年半前の失踪女性の姉の爆死事件や、30年以上前のオックスフォードでの事故も絡んできて・・・
 「日論の果て」は「蒼穹」の6年後で、舞台はイギリスとアメリカ。ハリーはロードスに帰るわけにもいかず、ロンドン郊外のガソリンスタンドのアルバイトで糊口をしのぐ身の上。そのアルバイト先に、ハリーの息子が死に瀕しているという電話がかかり、身に覚えのないハリーが病院に出かけていくと、天才数学者ディヴィッド・ヴェニングが昏睡状態で横たわっています。大昔、市議会職員時代の上司の妻との情事を思い出すハリー。息子の存在と現状に驚愕したハリーは、息子が加わっていたアメリカの未来予想会社のあるプロジェクトのメンバーが次々と不可解な死を遂げていることを知り、疑惑の解明に踏み込んでいきます。ハリーは疑惑を解明し、脳神経外科の専門家の助けを得て息子の命を救う(安楽死を阻止する)ことができるのでしょうか。ここで、「蒼穹」で触れられていた、ハリーがロードスの居酒屋で起こしたデンマーク娘との「騒ぎ」*7が、微妙に関係してくるのが面白いですね。
 「Never Go Back」*8は2005年頃の出来事。ハリーは幸せに結婚して妻子とカナダで暮らしています。郷里スウィンドンで母親が死に、葬儀と後片付けにやってきたハリーに、空軍時代の同窓会の誘いが・・・というのは既に8月の日記に書いています。


 それにしてもハリー氏、「Never Go Back」でもそうでしたが、特に1作目の「蒼穹のかなたへ」を読むと、そのお人好しっぷりに涙が出ます。読者には誰が怪しいか最初から丸わかりなのに、ハリーだけが何もわかっていない。もっとも、真の動機とか、ハリーの人生とも絡む謎とか、様々な伏線がはってあるので、読者としては最後まで飽きることはありません。
 「日輪の果て」の真犯人と動機は、正直意表をつかれました。しかし説明が余りに茫洋としていて説得力には欠けるなと思いましたが(←上から目線で何か言わないと気が済まない悪い癖です)。表面的なプロットとの関係では、生き残りの中に裏切り者がいるはずだが誰かという要素(結局生き残りの中にはいないかもしれないんだけどね)が強調されないと、緊迫感にも欠けるような気がしますし。ただ、ハリーという人物像の変化、あるいは周囲のハリーへの評価の変化と、さらに「Never Go Back」まで繋がるその後の人生へのターニングポイントが描かれる点で、これはこれで三部作の中で読めば面白い作品でしょう。
 ハリーはお人好しの駄目男だけど、だからこそ女性には信頼されるし、結構もてるんです。「蒼穹」のヘザー、それにハリーを信頼して独自捜査を精神的に支えるヘザーの母、「日輪」のドナ、ハリーのかつての不倫の相手。これは中年男のある種の理想像なんでしょうなあ。


 細かい点。「蒼穹」文庫(上)165頁以下、ハリーとアランが昼食をとりにいくのは「ゴダード・アームズ」・・・著者の遊びでしょうね。

*1:蒼穹」文庫(上)25〜26頁によれば、「モズリー」はイギリスのファシスト、モズリー卿からとられたもの。「ハロルド」はバイロンの「チャイルド・ハロルドの巡礼」からとったのかな?

*2:文庫(上)26頁。また文庫(上)153〜154頁及び(下)372頁よれば、1947年3月には11歳、ということで符合。

*3:文庫(上)109頁。

*4:文庫(上)106頁。)。かつてバーンチェイス・モーターズにアルバイトに来ていてその頃は海軍将校になっていたアラン・ダイサートの口利きで1973年から船舶用エレクトロニクスの会社マレンダー・マリーンに勤務。1978年に経理上の不正行為の濡れ衣をきせられ解雇((文庫(上)52頁、111頁等。

*5:文庫「上」111頁。

*6:蒼穹」文庫(上)23頁。また、文庫(下)372頁によれば事件が週末を迎える1989年1月は、1947年3月の「42年後」。

*7:ハリーが好色な人物でありヘザーを手にかけたのではないかという疑いを深める一因になっていました。

*8:お!「Never Go Back」の翻訳は講談社文庫から「還らざる日々」で出てるんですね。しかも2008年。絶対翻訳で読んだ方が楽だったわ。